言葉にできるは武器なるらしい

言葉に文字に残していきます何事も。いつかきっと誰かの役に立つはずだから。

DXの本質であるEXとは

いろんなセミナーでいろんな企業さんが取り組んでいるDXの話をこれまで多く聞いてきました。 「データ分析することで勘に頼らないビジネス」「工数削減、業務効率化」さまざまな良い言葉を並べられています。 しかしまだ多くの企業ではDXに取り組んでいなかったり、着手し始めたばかり、着手したもののどう進めたらいいか分からない、といった企業が大半であるという結果が、経産省が公表している「DXレポート2」に書かれています。

その中で最近のトレンド、というか私がたくさんの話を聞いてきて、ふと1つ本質的な答えが出つつあるなという「DXとは何ぞや」の問いに対する本質的な答えが分かり始めてきたんじゃないかと思うのです。

データが無ければDXではできない。訳ではない

データ分析をして根拠に基づいたマーケティングから新しい施策をプランしてトライアンドエラーで成功の道筋を探す。というのが「あるべきデータ分析」である。という話が世間に溢れていることから、「うちには使えそうなデータがないからデータを集めるところからやらねばならないし、何のデータをどう集めたら良いか分からない」というIT部門の声も多く聞きました。

でもそれが全てではないというお話をします。まず広義のDXでいえばデジタルを使った改革であればなんでもDXですから、例えば今までエクセルを使わずに手書きの帳票を付けていた人が、エクセルを使いだした。というだけでもDXと言い切れると思います。

それはさておき、ではデータが本当にないとダメかというと、顧客データを豊富に持っているアマゾンではあらゆる分析をしていろんなアップセル戦略を実施しています。

しかし、そんなデータ分析最先端のアマゾンから言わせると、「データ分析できるのはデータがある範囲でしかない、そこから出た答えが本当に正しいのかは分からない」と言っているように、私達は全部が全部データに出来るわけではありません。世の中でデータに落とし込めている事柄はごく一部でしかなくて、むしろデータ化されていない、データ化したくても出来ないような事柄がほとんどです。そんな中でデータ分析をしたところで私達は井の中の蛙状態なのかもしれません。

このように逆説で考えると、データが無いから分析できないと考えるのではなくて、とりあえずあるデータで分析してみるというマインドで十分じゃないでしょうか。すべてのデータなんてそもそも入手不可能なのです。

遠まわしに「DXってやる意味あんの?」という疑問を投げかけましたが、私の中ではDXの本質的な答えが1つあります。それがEXです。

DXの本質とは何か

DXはデジタルトランスフォーメーションの事ですが、それに乗じてBX(ビジネストランスフォーメーション)やCX(カスタマートランスフォーメーション)などたくさんの「○X」が登場してきています。

そして、私が勝手に考えた「DXの本質はEXである」という主張。EXとはズバリEmployee Transformationであります。

何が言いたいかというと、本当に変えなければ行けなかったのは従業員のマインドなのではないかということです。どれだけ経営層やIT部門やマーケ部門のDXを推進しなければと思っている人たちが頑張ってDX推進をしたところで、全従業員がそれに協力的に乗ってきてくれなければほとんどのプロジェクトは失敗に終わります。そんな環境ではいくらデータ分析を一部の人が頑張っても大きな成果は出せません。

現に最近よく聞く企業の話としては、社員の育成、デジタル人材の強化というキーワードが多くなってきたと感じます。デジタルを拒否するアナログ人間がいつまでも会社に一定数存在していると足かせになるのです、と案に言っています。でもそれはその通りで、チャレンジする人間よりも、無難に失敗しない人間を評価してきた日本文化、日本人的なマインドそのものをトランスフォーメーションしないと現状維持が大好きな人が多く集まっている日本ではアメリカのようにDXのサクセスストーリーは実現しにくいのです。

結局今後私達は何と向き合うべきか

如何でしたでしょうか、「DXの本質はEXである」すなわち従業員のマインド改革する事がDXなのであるという私の主張は。デジタルといっても最終的にそれを使うのは私達人間なので、いくら会社で使ってるパソコンのスペックが良くなったり会社の設備が良くなったとしても、それを使いこなす人間も一緒にレベルアップしなければならないということを、どう従業員全員に理解してもらうか。すると最後には人間対人間の非常にアナログ的な感情的な部分に訴えかけるような話になるのではないでしょうか。